1995年。
翻訳会社の取締役を兼務していたとき、同じビルの同じフロアを
共同で使用していたソフトハウスに、とても優秀な営業マンが
いました。
発想が柔軟な上に人当たりもよく、わたしは彼から多くのことを
学びました。
AでもなくBでもなく、まったく新しいCというアプローチを考えるのが
得意で、困ったときによく助けてもらいました。
彼は、仙台の出身です。
ちょうど同じ頃、ビジネスパートナーを募ったことがきっかけで
知り合った人がいます。
自分がステップアップするたびに人脈の総入れ替えのようなことが
起こったわたしにとって、今でもお付き合いが続いている数少ない
友人のひとり。
専門家ほどではないにしろ、わたしがかなりの法律的知識を持つ
ことができたのは、彼のおかげです。
民法が、契約法が、いかにおもしろいものかを教えてくれた人でも
あります。
さほど頻繁に会うわけではありませんが、物理的・心理的に幾度と
なく支えられてきました。
彼も、仙台の出身です。
1997年。
わたしは特許翻訳の世界というウェブサイトを開設しました。
このサイトにあった会議室のメンバーの中に、(良い意味で)公私
ともに密度の濃い付き合いをすることになった知財関係の人が
いました。
彼も、仙台の出身です。
驚いたことに、彼ら3人の出身大学は同じでした。
今年、2007年。
わたしの著書を学内図書館の蔵書として所蔵してくださった大学。
所在地は、仙台です。
ほかにも、以前から通信講座の受講生や仕事上のクライアントなど、
なぜか仙台には極端に縁がありました。
そして昨日。
ある1通の粋な招待状を頂戴しました。
これっぽっちも予想していなかったことで、ほんとうに驚きました。
そのことがきっかけで、知ったのです。
わたしが尊敬してやまない、ヒュージの新川義弘さんの出身地が
仙台だということを。
サービスの神様と呼ばれる彼の思想、ポリシー、情熱……。
ご本人の了解はとっていません(笑)が、わたしは勝手に彼を自分の
メンターとして仰ぎ、彼の著書を座右の書とし、人を大切にする彼の
スタイルをいつも頭の片隅においてきました。
新川さんと初めてお会いしたのは、ちょうど1年前。
昨年の11月13日のことでした。
そのまったく同じ日、ほぼ同じくらいの時間に我が家の郵便受けに
彼の新しい店への招待状が届いたのは、単なる偶然なのか演出
なのか。
どちらなのかは分かりませんけれど、一瞬にしてたくさんの元気を
もらいました。
仙台---。
初めてその地に足を踏み入れたのは、中学3年生のとき。
わたしの卒業した学校は、中2から高3まで毎年同じ時期に一斉に
旅行週間となり、中3は東北に1週間でした。
その初日、青葉城が見学地に入っていたのです。
その後は、20代の前半に一度だけ七夕の時期に行ったことがある
くらいで、街のことはほとんど知りません。
でも、とても親しみを感じます。
わたしの人生で、一定以上の大きな影響力を持つことになった人は
ほとんどが仙台出身だったから。
こういうのを、縁というのでしょう。
いつか、仙台の街をゆっくりと堪能してみたいものです。