2009年1月27日 (火)

8万5000人の心に灯を

みなさま、ご無沙汰しています。

この年末年始、かなり詰めておりましたので、ブログの更新も
お休みしていました。

何を詰めていたかというと、新サイトの立ち上げです。

http://www.happyfreelancers.jp/

本日、1月27日にプレオープン。2月1日正式オープンとしています。

昨年の暮れ、新聞の一面で「来年3月までに職を失う非正規従業員は
8万5000人」と報道されました。

このうち、住居まで失う人は2100人。

中には、お子さんを抱えた人も間違いなくいるでしょう。
親の困窮は、子どもの教育環境を直撃します。子どもの心を、直撃します。

この状況の改善に何かできることはないかと考え、報道の翌日に友人と
「8万5000人の心に灯を」プロジェクトの構想を立てました。

年末年始から1月半ば頃までは、模索のためのブレーンストーミング。

そして先週末の24日に、ようやくサイト作りに着手できました。

多少粗いところもありますが、目的が目的なだけにスピード最優先と
しています。

もし、身近に解雇でやり場のない気持ちを抱えている人がいたら、
どうぞHappy Freelancersにお立ち寄りくださいませ。

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2008年5月25日 (日)

連鎖を断ち切るには

息子のミュージカル出演、2日目。
同級生のお友達がご両親と一緒に観に来てくださったりと、
昨日とはまた違った体験があったようです。

わたしはわたしで、新たな発見や驚きが。

特に印象的だったのが、ケニアでのカウンセリングの話題です。

会場の外で、外務省発行の「国際協力新聞」を配っていたのですが、
その中にアフリカ開発会議の大使として現地視察をなさった人の
インタビューが載っていました。

そしてケニアで、カウンセリングをなさっている現地の女性と
会ったときの話として、次のようなコメントがありました。

「食糧などの支援はすぐに世界中からやってくるけれど、私たちの
ような活動にはなかなか資金がまわってこないのが現状です。でも、
小さい子どもがトラウマを受けて、それが恨みに変わらないうちに
取り除かなければ、また歴史は繰り返されてしまうんです。」
(国際協力新聞p.1~2)

衝撃的でした。

わたしは仕事柄、子ども時代のトラウマを放置してきた結果、生き
づらさを感じているAC(アダルトチルドレン)への対処などをして
います。
トラウマを取り除かないと歴史が繰り返される--機能不全家庭の
連鎖が起こる--ことは、実感として身にしみていました。

ですが、ここでいう「歴史は繰り返す」は、もっとずっとずっと
厳しい現実のことを指しています。

世界に目を向けたとき、カウンセラーという職業の重みを今までの
何倍も何百倍も感じました。

もっと広い世界に目を向けなければ。

息子とは別の側面で、とてもよい機会をもらったように思います。

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2008年3月26日 (水)

小さな出会いを

以前、ケアの関係で某セミナーに参加したときに、参加者の出席
チェックや雑務など、いわゆる"事務"をしていた女性がいます。

当時は、純粋にセミナーを支える裏方さんだと思っていました。

ただ、彼女が醸し出すオーラというか、上品な物腰や雰囲気、
言葉遣いなどに、なぜだか妙に惹かれました。
惹かれたので、よく覚えてはいたのです。

その彼女が、超ベテランの人気講師だということを知ったのは、
ずっと後のこと。
雑誌で、彼女の連載記事を目にしたときです。

彼女の書いたものを読む回数を重ねるうち、記事にも惚れ込み、
いつか出張講師をお願いしたいと思うようになりました。

そして今日。

出張講師をしてもらえるかどうか、試しに聞いてみようと思い立ち
電話をかけました。

結果はOK。
ですが、もっと嬉しいことが。

講師をお願いするにあたり、わたしは彼女の記事が好きだという
ことと、一度だけ会ったときに惹かれていたことを話しました。

そうしたら彼女はちょっと考えて、「横浜の水野さんですか?」と。

わたしが会ったとき、彼女は事務をしていたのです。

会ったことがあるというよりも、ただ単に空間を共有していたことが
あるというほうが近いでしょう。

当然、名刺交換をしたわけでもなければ特段の自己紹介をした
わけでもありません。

2日間のセミナーで、同じ空間にいただけ。

なのに、覚えていてくれたのですね。

驚きました。ほんとうに、びっくりしました。

自分を大切にできて、他人のことも大切にできる人だからこそ、
こんなに小さな出会いもしっかり覚えているのかもしれません。

彼女の名前は、木村久子さん。
ベテランのアサーティブトレーナーです。

ご一緒できる日が、ますます楽しみになりました。

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2007年12月29日 (土)

家族がもうひとり

12月の半ばから続いていた、心身ともに消耗の大きな「事件」が
ようやく片付いて、諸事情で今日から我が家のホームステイ青年は
2人。
滞在期間は1月末までの5週間です。

まったくの想定外で突然の出来事ですが、まずは1人ステイさせて
年末の4週間を過ごしていますから、わたしもだいぶ慣れました。
あと1人増えても、まぁ何とかなるでしょう。

結果として、「家族」6人プラス動物たち3匹で迎える、賑やかな
お正月になりそうです。

来月は大学の課題と集中授業が目白押しなので、どうやって時間を
やりくりするかが頭の使いどころではありますが、これはこれで
貴重な体験だと思っています。

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2007年11月17日 (土)

アフターケア

夕方、近所の整形外科から電話がかかってきました。

電話口の向こうで優しい声の看護婦さんが、「お嬢さんの指の具合は、
いかがですか」と。

10日ほど前に娘は体育でバスケットボールをしているときに突き指をし、
念のため整形外科に行ったのでした。
(普段は、怪我や痛みにはスパイラルテーピングの治療院に行きます。
たいていのものはテープだけで治るため、整形外科にお世話になることは
滅多にないのです。
でも、今回は腫れがひどかったため、一応レントゲンを撮ることに。)

その後、腫れと痛みが引いたので娘は通院もせずにいたのですが、
娘を診てくださった先生が経過を心配して看護婦さんに電話をさせた、
とのことでした。

とてもいい先生だとは思っていましたが、こんなに温かなアフターケアを
して頂いたのは初めてです。
看護婦さん曰く、「まだ痛みが残っているようでしたら、固定帯をすると
よいかもしれないと先生がおっしゃっていました。大丈夫そうであれば
先生にそのように伝えておきます。」

ちょっぴり嬉しいできごとでした。

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2007年11月16日 (金)

方向転換

ある日突然、事実上何の準備もなくフリー翻訳者として独立したのが
1992年。

振り返れば、いつのまにか15年以上の月日が経っています。

映画でも、こんなには波瀾万丈ではないと思ってしまうほど、いろいろな
ことがありました。

もちろん、いいこともたくさん含まれています。

翻訳だけにとどまらず、翻訳をとりまくさまざまな業務をも経験し、
知り合った人の数は4桁。

わたしにとっては当たり前のことを当たり前にしてきただけなのに、
本人が恐縮してしまうくらい高く評価されることが多く、結果として
翻訳者を目指す方々から羨ましがられることも、よくありました。

良くも悪くも毎日の密度が非常に濃かったですから、経験値というか、
人間の深みというか、成長というか、そういう観点では波瀾万丈に感謝
しています。

そう。
良くも悪くも、なのです。

外からは幸運で華やかな成功街道を歩んでいるように見えるようですが、
一般には苦境や窮地と称されるようなことも、数え切れないくらい頻繁に
起こりました。(過去形ではなく、現在進行形ですね。)

未解決の出来事、それも決して小さくない出来事も、少なからず残って
います。
そこに気持ちを向けてしまうと、ブルーになるどころか身動きがとれなく
なるようなことも、かなり多いのです。たぶん、気が遠くなります(笑)。

個人的には、このあたりで一度全部きれいにして仕切直した上で新たな
道に進みたいのですが、わたし一人でどうこうなることばかりではない
ため、展開は未知数ですね。

ひとつだけ確実なのは、向き合わずに放置してもあまり変化はない、
ということ。

ようするに、「自分がどうしたいか」「どうするか」だけなのでしょう。
それ以上でもそれ以下でもないような・・・。

とはいえ、未知のものは怖いのも、それはそれでよくわかります。
わたしは向き合えますが、向き合うことに躊躇する人がいるのも、
よくわかります。

そして、一人でも多くの人が、少しでも怖くなくなるようなお手伝いが
できたらいいなと、そう思うわけです。

翻訳者をしていても、そういうお手伝いは、たぶんあまりできません。
だから、方向転換なのです。

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2007年11月14日 (水)

1995年。
翻訳会社の取締役を兼務していたとき、同じビルの同じフロアを
共同で使用していたソフトハウスに、とても優秀な営業マンが
いました。

発想が柔軟な上に人当たりもよく、わたしは彼から多くのことを
学びました。
AでもなくBでもなく、まったく新しいCというアプローチを考えるのが
得意で、困ったときによく助けてもらいました。

彼は、仙台の出身です。

ちょうど同じ頃、ビジネスパートナーを募ったことがきっかけで
知り合った人がいます。

自分がステップアップするたびに人脈の総入れ替えのようなことが
起こったわたしにとって、今でもお付き合いが続いている数少ない
友人のひとり。
専門家ほどではないにしろ、わたしがかなりの法律的知識を持つ
ことができたのは、彼のおかげです。
民法が、契約法が、いかにおもしろいものかを教えてくれた人でも
あります。
さほど頻繁に会うわけではありませんが、物理的・心理的に幾度と
なく支えられてきました。

彼も、仙台の出身です。

1997年。
わたしは特許翻訳の世界というウェブサイトを開設しました。
このサイトにあった会議室のメンバーの中に、(良い意味で)公私
ともに密度の濃い付き合いをすることになった知財関係の人が
いました。

彼も、仙台の出身です。

驚いたことに、彼ら3人の出身大学は同じでした。

今年、2007年。
わたしの著書を学内図書館の蔵書として所蔵してくださった大学。
所在地は、仙台です。

ほかにも、以前から通信講座の受講生や仕事上のクライアントなど、
なぜか仙台には極端に縁がありました。

そして昨日。
ある1通の粋な招待状を頂戴しました。

これっぽっちも予想していなかったことで、ほんとうに驚きました。

そのことがきっかけで、知ったのです。
わたしが尊敬してやまない、ヒュージの新川義弘さんの出身地が
仙台だということを。

サービスの神様と呼ばれる彼の思想、ポリシー、情熱……。
ご本人の了解はとっていません(笑)が、わたしは勝手に彼を自分の
メンターとして仰ぎ、彼の著書を座右の書とし、人を大切にする彼の
スタイルをいつも頭の片隅においてきました。

新川さんと初めてお会いしたのは、ちょうど1年前。

昨年の11月13日のことでした。

そのまったく同じ日、ほぼ同じくらいの時間に我が家の郵便受けに
彼の新しい店への招待状が届いたのは、単なる偶然なのか演出
なのか。

どちらなのかは分かりませんけれど、一瞬にしてたくさんの元気を
もらいました。

仙台---。

初めてその地に足を踏み入れたのは、中学3年生のとき。
わたしの卒業した学校は、中2から高3まで毎年同じ時期に一斉に
旅行週間となり、中3は東北に1週間でした。
その初日、青葉城が見学地に入っていたのです。

その後は、20代の前半に一度だけ七夕の時期に行ったことがある
くらいで、街のことはほとんど知りません。

でも、とても親しみを感じます。
わたしの人生で、一定以上の大きな影響力を持つことになった人は
ほとんどが仙台出身だったから。

こういうのを、縁というのでしょう。

いつか、仙台の街をゆっくりと堪能してみたいものです。

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2007年10月29日 (月)

ペットボトルのキャップで予防接種を

娘が卒業した中学校で、ペットボトルのキャップを集めて予防接種を
買うという福祉活動が行われています。

もともとは、学校にお弁当を納入している業者さんの働き掛けから
始まり、今は生徒が中心になって活動しているようです。

集められたキャップは「エコキャップ推進協会」に届けられ、そして
ポリオワクチンに。

 エコキャップ推進協会
 http://ecocap007.com/

キャップ800個(20円)で一人分のポリオワクチンを買うことが
できるそうです。

この話を聞いたその日から、我が家でペットボトルのキャップ集めが
始まりました。

娘が通っている高校にも、PTAを通じて声をかけました。
(生徒数は、娘の学年だけでも500名以上の規模。その気になれば
1学年あたり数日でワクチン1本になるはずなのです。
PTAの役員として籍があるうちに、実現したいことのひとつです。)

使用済み切手を集めて予防接種を買う活動には、かれこれ25年ほど
かかわってきましたが、ペットボトルのキャップで同じことができる
とは、考えてもみませんでした。

一人で集められる量は少なくても、みんなで集めれば「力」になります。

仕事やプライベートで、わたしと会う機会のある方は、ついでの時に
でも持ってきて頂ければ、まとめて届けます。

ペットボトル大国の日本。
この活動の輪が、もっともっと広がっていくとよいですね。

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2007年6月27日 (水)

日常の小さな動きにも

何日か前、主人が足に炎症を起こしました。

そして昨日、仕事の関係で一緒に江戸川区へ。
徒歩は想定した以上にかなり速度を落とす必要があり、ゆっくり
ゆっくり歩きました。電車では極力すわって、何とかクリア。

それでも相当な負荷になったようです。
結局、今日は痛みがひどく立つことすら困難な状態に。
医者からもらった鎮痛剤が効いている間だけ、少し動くことが
できるくらいです。

当然、身の回りのあらゆることが一気にわたしの肩に。

もともと、家事育児はほとんどがわたしのタスクだったので、
大枠で増えたことは何もありません。

でも、ちょっとした細かいことが積もり積もって、結構な違いに
なりました。

家のシャッター(雨戸)の開け閉め、宅配便の受け取り、
電話を取ること……。

家事育児にも入らないような、小さなことばかりです。
ほんとうに微々たることのはず、なのです。

その証拠に、というか何というか、たとえば自分以外の
同居者が電話を取ったからといって、それを「してもらって
いる」からといちいち感謝することなど、普通はあまりないと
思います。

自分が取ることもあれば、他の誰かが取ることもあるという
程度。そのくらい、生活の流れの一部になっています。

でもね。
これがすべて自分の肩に乗ると、主人にしてもらっていた
ことの多さを改めて実感します。

そして同じ視点で自分の周囲を見渡して、「人はひとりでは
生きていけない」という言葉の意味が、とてもよく分かり
ました。

日々の生活の中には、他人に「してもらっている」にも入らない
ような小さな動きが山のようにあります。

そのおかげで幸せに生活できるし、今の自分があるのですよね。

みんなみんな、ありがとう~。
感謝!

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2007年1月 1日 (月)

A Happy New Year

みなさま、新年あけましておめでとうございます。
お正月といえば、やはりおせち料理。
ここ数年、お取り寄せグルメのおせちを楽しんでいたのですが、
恋に目覚めた(?)娘が「女の子は料理くらいできなきゃね」と
言いだしたため、久しぶりに我が家のおせちとなりました。

ネット通販が普及する前は毎年当たり前に作っていましたから、
わたしにとっては何でもないこと。でも、娘はだいぶ奮闘でした。

とはいえ、何だかんだといって夕方までには無事に終了。

ホッと一息、家から歩いて5~6分のところにある展望台に
2006年最後の日の入りを見に行き、携帯カメラにおさめてきて
いました。

200612311632000

カウントダウンは、八景島シーパラダイスの
花火と船の汽笛。
シーパラダイスでは年間とおしてわりと頻繁に
花火をあげていますが、今回はいつもより
派手にやったようです。
空気を伝わる振動で、家が若干揺れました。

そして朝。
 
娘は初日の出を見るとかで、展望台ふもとの海岸に。

わたしは家でおとなしくしていましたけれど、携帯カメラの
おかげで夕日・朝日見物の気分を味わうことができました。

では、本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
200701010709000

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